英語が話せるようになった体験記

アメリカ留学体験記・第拾五話 続・プエルト・リコでの災害支援

Puerto Rico町

前回の続き

プエルト・リコという地域を聞いたことがあるでしょうか?

世界地図をザッと広げてみて、アメリカ合衆国の右下からちょっぴりイボのように飛び出た州、マイアミと、南米大陸の北にあるベネズエラの間にカリブ海があります。そのカリブ海に浮かんでいる島の一つがプエルト・リコです。

政治的にはアメリカの一部ですが、前に紹介したメキシコのようにもともとスペインが支配していたため、ラテンアメリカの文化が根強いです。また、英語を話す人がちらほらいますが、地域の公用語はスペイン語になっています。

Puerto Rico町

プエルト・リコには美しいビーチがあったり、カラフルな街並みがあったりと、世界の中でも有名な観光地です。

しかし、そんな島をハリケーンマリアが2017年に襲いました。建物は破壊され、沢山の人々が亡くなりました。まるで津波のような話です。

ということで、災害支援をするために春休み中はプエルト・リコに行ってきました。

 

プエルト・リコでの災害支援活動

今回お世話になった一つ目の団体はSemillas de Amor (セミーヤス・デ・アモール)。“愛の種”という意味で、地域密着型のNPOです。

まず、地元のボランティアリーダー一人に対して学生二人がつき、近所で世論調査のお手伝いをするために一軒一軒のお家を回りました。

どこのおうちもほぼ2、3人と家族の人数が少なく疑問に思っていたのですが、それは、子供達がアメリカ本土に移住してしまったからだそうです。地方の少子高齢化の問題はどこでも起こりうるのだと実感させられました。

また、地元のおばあさんたちと一緒に食べ物を作り、それを低所得の人たちやホームレスの人たちに配りました。

Puerto Ricoでの訪問

正直、ホームレスや貧困というキーワードを聞くとあまり清潔ではない人たちを想像していました。

しかし、責任者の方が食べ物を取りに来た人たちに対し、私たちのようにボランティアの一員としてやって来た学生たちと何の変わりもなく握手したりハグしたりして接しているのを目にし、それが心にずっしりと残りました。

どんな場所でも偏見無くして人と接するのは難しいことですが、私も人に平等に接することができるようになりたいと強く思いました。

二つ目の団体はNECHAMA(ネハマ)。

ユダヤ教ベースのNPOで、世界中で自然災害が起きた際、被災地にスタッフを派遣したり機材を提供したりして、家を修復するお手伝いをします。

今回伺った家ではハリケーンで屋根がことごとく吹っ飛んでしまい、1年半ほったらかしになっていたため、掃除から始め、そこから徐々に修復していきました。

Puerto Ricoで被災した家の修復作業

そういえばセミーヤス・デ・アモールでの活動中に伺ったうちの一軒は新品同様の平屋に見えましたが、実は、ハリケーンが来る前は二階建てだったそうです。

震災後に2階を取り壊し、塗装し直したから新しい家に見えたとのこと。

他にもまだまだ壊れたままの家がプエルト・リコにはありますが、アメリカの政府は、本土の被災地に高額の資金を援助するのに対し、プエルト・リコにはお金をあまり分け与えてはくれません。

ネハマのような団体も資金不足でもうすぐ引き上げなければいけないそうです。

家が壊れただけではなく、もはや家が吹き飛ばされた人がまだまだ不自由な生活を送っていると思うと複雑な気持ちになり、少しでも家に作り変えよう!心に火が付きました。

(とは言うものの、何十匹と言うゴキブリも幾度となく登場し、心もヘトヘトになってしまったことも…。笑)

嬉しくも両親に言われたことはありませんでしたが、私は小さい頃、周りの大人によく「女の子らしくしなさい!」と言われたことがよくあります。

ボランティアではダメージが大きいヒビを機械で削り、今後水漏れを防ぐためコンクリートで固めて…というように、「女の子だから」とか「男の子だから」ということは関係なく色々な作業をすることができ、誇らしい気分になりました。

Puerto Ricoで被災した家屋の修復

そりゃあ男女には体力や容姿などに違いがありますが、自分がやりたいと思えることをやったり、自分が自分らしく振舞うのに、「性別なんて関係ない!」といい意味で吹っ切れられました(笑)

また、ネハマを通してオハイオの大学の学生に会う機会がありました。

私の大学の学生も、オハイオの学生も、直接ハリケーンマリアを経験した人はいませんでした。しかし、「人を思いやる気持ちは世界共通だね」と話しながらボランティアに励んでいました。

ところでなぜ巨大なハリケーンが起こってしまったのでしょうか?

その原因は地球温暖化です。大袈裟かもしれませんが、例えば、日本でゴミが多く捨てられた分、環境を汚染し、世界のどこかで誰か何かに影響させてしまったと言うことです。

これを読んでいる人みんながみんなプエルト・リコに来てボランティアをすることはできないかもしれません。

しかし、とびきり美しいビーチや街並みがあることやハリケーンが起こっても頑張って復興しようとしていることなど、プエルト・リコのことを少しでも覚えておいて欲しいです。

そして、わざわざプエルト・リコに来られなくても、日常生活の中で、食べ残ししない様に気をつけたり、道に迷った人がいたら声をかけてあげるなど、ちょっとでも社会をよくできる様に心がけてみてください。そんな小さな思いやりを、世界は必要としています。

Puerto Ricoの空

 

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