中学生の息子が実家から帰ってきて二日目。さて、何をすればいいのかといろいろと考えた結果、山形に行ってみようという話になりました。
福島は結構行きますが、なかなか山形は行く機会がないので、行ってみようと。
大雨の被害が出た地域で少しでも産品を変えればいいなということで、戸沢村に行くことにしました。
今回はその旅レポです。
山形県金山町に行ったら祭りをやっていた
これはなぜそうなったのか分からないのですが、戸沢村に行こうと思っていたのに、なぜかナビに設定されていたのは金山町でした。
宮城県鳴子から入り47号線を西に向かっていくと新庄市があり、そこから13号線を北上していくと到着します。そのさらに先に行くと湯沢市があり、さらに行くと秋田に入り横手市になります。いずれはこっちも行ってみたい。
さて、ナビを設定したのは私です。
でも、所沢に行きたいのになぜ金山に設定してしまったのかは今もって解明できない謎です。不思議です。
そうなんです。
こんなに素敵な山車を見ることができました。






全く知らなかったのですが、どうもお祭りが開催されていたようで、普段は見られない迫力のある御神輿が見られてとてもラッキーでした。
どんなお祭りかというと、
毎年8月14日〜8月16日に開催される、金山の夏まつり。煌びやかな山車やお神輿が町を彩り、子どもや大人が奏でるお囃子が響き渡ります。縁日も立ち並び、町全体が活気で満ち溢れます。最終日には河畔で納涼大花火大会も開催され、夜遅くまで賑わいます。
金山町探訪ガイドより(リンク切れ)
というお祭りです。
地元・塩釜の祭りはたくさん見ていますし、関わってもいますが、こういう普段見られない日本各地のお祭りの様子が見られるって楽しいです。
町中に活気があふれていて、たくさんの人がお祭りの格好をしていました。動いているところも見たかったなあ。

山形県戸沢村へ
その後、我々は山形県戸沢村に行きました。
大雨による水害があったということで、少しでも現地の産品を買い金銭的に応援できればと思ったのですが、買い物できるところがあまりなく・・・。
代わりに、看板で見かけた「戸沢みちの駅」に行くことにしました。
そして、我々は衝撃を受けることになります。
「こ、これって山県の田舎のみちの駅じゃなくて、韓国のお土産屋じゃない?」
と。

あまりにも謎だったので、自信のFacebookにこのように投稿しました。
一つ謎だったのは、戸沢村のまちの駅に行ってみたら、戸沢村のものというより、なぜか韓国村みたいになっていて、韓国の商品がたくさん売られていたことでした。戸沢村の農産物は敷地の隅っこの方でひっそりと売られている感じで。。。これ、どういうことなのだろう? 戸沢村と韓国はそんなに繋がりが深いのかな?
その後でトイレを借りると、こんな注意書き(?)が・・・。

1985年に戸沢村の農業青年とアジア・アフリカ農村リーダーとの交流を契機に韓国の一地方との交流が始まったそうです。
「共に豊かな地域を作る為の相互理解を深めたことなどから」つながりがあるということですが、正直言ってそれでこんなに韓国押しになるのは意味が分かりません。
これ、道の駅だから公費で建てられたのかな・・・? と他地域に住んでいますが、ちょっと心配になったりしました。
ちなみに、先のほどの写真の建物はお土産屋なのですが、ほとんどが韓国の物品。
「おいおい、戸沢村のものはないのか?」
と思ったら、ありました。駐車場の隅っこの方に・・・。

この中では戸沢で取れた野菜や果物が売っていたので、こちらで買い物をしました。
ちなみに、今の時期はスイカがおいしいです。
もっとこの場所のことを知りたいという方は、こちらの記事を読んでみてください。
「道の駅」といえば、その土地の名物や農産物が直売所で販売されていたり、併設している飲食店でご当地メニューが食べられたりと、ドライバーにとっては休憩スポットや観光案内所としての役割も果たしている。
そんな地元の文化や生活を感じられる道の駅だが、山形県になぜか「ほぼ韓国」の道の駅があるらしい。しかもウワサによると、山形県らしさはほぼ皆無で、韓国らしさMAXの道の駅になっているのだという。
本当にそんな道の駅は存在するのだろうか? 存在するとしたらなぜ韓国になってしまったのか? 道の駅マニアとして調査しなければなるまい! ということで、道の駅がある山形県・戸沢村に行ってみることにした。
なお、駐車場にある韓国のおばちゃんが作るチーズチヂミはかなりうまかったです。無愛想なおばちゃんでしたが、マジッソヨと言ったら超笑顔に。一言でも相手の国の言葉を知っているというのは大事ですね。
戸沢村から肘折温泉に行く途中の道で、水害の様子が見られました。



なお、いくつかの寒河江市へ向かう道路は土砂崩れの恐れがあるということで通行止めになっていました。それもまた水害のすさまじさを感じさせるものでした。

