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塩竈みなと祭り前夜祭&本祭のお手伝いをしてきました。

塩竈みなと祭り大漁旗

毎月7月の海の日は塩釜で熱い戦いが繰り広げられています。

塩釜には夏の一大イベントがあり、海の日に行われる「塩竈みなと祭り本祭」とその前日夜に行われる「前夜祭(花火大会)」の連続イベントです。

今までは見る方専門でしたが、今年は塩釜青年会議所に所属している為、これらのイベントに裏方として参加してきました。

今回はその様子を少しレポートしたいと思います。

(これはあくまでも私の視点から見たお話ですので、個々人で感じたこと、実行委員や瀬金車が考えていたこととは異なるかもしれません)

ドギー
ドギー
花火大会! お祭りは好きだなあ。

 

塩竈みなと祭りは「鹽竈神社」のお祭り

塩竈みなと祭りの中心は何と言っても志波彦神社と鹽竈神社の御神体が神輿にのって市内を練り歩き、年に一度しか使われない御座船で塩竈の港をめぐる神事。

御神輿はなんとひとつ1トン。ふたつありますので、御神輿を担ぐ奉仕者(氏子さんと言います)だけでもかなりの人数となります。白装束に身を包み、常に神輿から離れずに歩きます。

詳しくは後でお伝えします。

 

塩竈みなと祭り前夜祭花火大会

時系列順に、まずは花火大会からお伝えしたいと思います。

まず、我々塩釜青年会議所のメンバーはグループごとに事務所に12時半に集合し、乗り合いで魚市場に向かいます。

向かう先は魚市場。震災後、前年までは使えなかったこの場所も新しく市場の建物が建てられたため、今年から使えるようになりました。


その屋上の桟橋にテーブルと椅子を設置して、桟橋席の用意を青年会議所がしたのですが、それは前日のうちに終わっていました。

市場に到着した私たちは、ここでこまごまとした仕事を担当。

協賛企業の提灯や大漁旗も入口に設置しました。

ちなみに、私が運営している英会話教室からも協賛しています。


思ったよりもしっかりした布地で素敵な大漁旗を作ってもらいました。あとでもらったら教室に掲示します。絵柄はいくつか選べましたが、今回は塩釜の特産マグロを。

時が経つにつれ、だんだんとお祭りっぽい雰囲気が出てきました。

しかし、この時点での懸念は天気。天気予報によると18時から晴れるみたいなのですが、全然そんな様子が見られませんでした。

私たちのグループの担当は、桟橋席に来られるお客様を席までご案内すること。

チームワークはなかなかよく、みんなで協力してお客様をご案内させていただきました。一部お待たせしてしまったお客様もいましたが、皆様良い人で一人も怒るような人はいませんでした。

 

ただやはり天気は全く回復しません。

みんなが祈るような気持ちでいる中、ついに8時が来てしまいました・・・。

その時に撮ったビデオ。

他の方のビデオ。

その時に感じたこと・・・。

いやでも、こんなシーンもあったんですよ!

ん? というかこれ、加工しているのかな?

 

ちなみに、当日のことをお伝えした地元紙河北新報の紹介はこんな感じ。

<塩釜みなと祭>前夜祭 8000発の花火、霧の中で光放つ

塩釜みなと祭の前夜祭の花火大会が15日夜、塩釜市の塩釜港であった。東日本大震災前の規模が復活した昨年に続き、約8000発が打ち上げられた。
観覧場所としてマリンゲート塩釜近くの西埠頭(ふとう)に加え、全面建て替えで昨年10月にオープンした市魚市場が開放された。濃霧で花火は見えにくく、乳白色の夜空が光り、音が響くと観客は「想像しよう」「今、見えた」などと声を上げた。
祭協賛会によると人出は約10万500人。震災後初めて桟敷船も出た。
市塩釜水産青年連合会と塩釜青年会議所などでつくる「ひかりピア塩釜実行委員会」が大会を担当した。

新聞記者が撮った写真はこちらから見られます

 

我々の仕事は終わってから始まる!

9時に花火は終了するのですが、その後が我々の本番!

お客様が無事に帰られるように見届けた後、椅子と机を回収しました。両方ともその数は半端ではありません。かなり多かったので、その回収→移動だけでも結構時間がかかりました。

また、誘導の為のコーンやロープの回収、ゴミ箱の回収、バリケードの回収など様々なものを片付けました。

結局、ある程度の片付けが終わったのは夜の11時過ぎ。その後ちょっとした追加の片付けを行い、帰宅。

ベッドに入ったのは夜の12時半ごろでした。

そして、翌日の本祭に進みます。

 

塩竈みなと祭り本祭当日の活動

本祭当日は5時に起き、6時までに本祭用のコーンとバリケードを取りに行きました。

ゴリ
ゴリ
え? オレが寝ていた時そんなことしていたの?

そして設置場所に移動し、必要なところにコーンとバリケードを置いていきます。設置自体は11時半からの交通規制が入ってから。

そして祭りの格好に着替えて、10時まで休憩しました。


10時に一度集合し、ミーティングをしてから各持ち場に移動。私のグループは遊軍だったため、 必要なところに行き、必要な仕事をその都度していました。

とりあえずバリケード&コーンの設置、それをロープでつなぐのが仕事で、壱番館よりの受付の場所から鹽竈神社方面に移動しながら設置していきました。

 

そうこうしているうちに御神輿が神社から降りてきて、街中を歩き始めました。御神輿が移動する時は御神輿だけではなく、それを先導する方やご奉仕している子供たちなど、様座穴人たちがいます。

圧巻なので、見たことがない人には見てもらいたいなあ。


ちなみに、「降りてきて」なんて簡単に書いていますが、そんな簡単ではありません。


この坂を帰りは登るのですから大変です。

御神輿はこの後、街中を練り歩きその後御座船にて海に出ていきます。

よしこの塩竈団体対抗バトル!

その間、本町では恒例の「よしこの塩竈踊りバトル」が繰り広げられます。

Q.塩竈みなと祭で踊る“よしこの塩竈”のルーツを調べて!

A.平成元年、塩竈みなと祭りを盛り上げるために作られた。
郷土民謡「塩竈甚句」をモチーフに、ギタリストの寺内タケシ氏がプロデュース。
日本独特のリズムである「よしこの節」を取り入れた曲であることから
「よしこの塩竈」と命名。

OH!バンデス HPより

オープニングパレード終了後は、第一部がしない小中学校対抗、第二部が各一般団体対抗での踊りバトル。

こんな感じで踊ります。ある程度創作できるので、各学校・団体で振付が異なり、見ていて面白いです。生徒の保護者・関係者や見物客でこの時ばかりはこのストリートの熱気がものすごく高まります。

ちなみに、この時の私の担当は踊りを待っている団体と団体の間で距離を調整したり、スタート地点まで案内することでした。

ほぼずっと立ちっぱなしだったので足が痛くなってきましたが、何とか気合で乗り切り、最後に終了した時にはやり切った感をものすごく感じることができました。。。

 

そして、全団体の踊りが終了し、順位が発表されました。

 

その後、少ししてからダンスコンテストが開催。

塩釜高校、松島高校、そしてなんと登米からチームが参加してくれました。他にも有名なグループとダンサーが来ていたようですが、そっち方面には疎い私には誰か分かりませんでした(すみません)。

 

そしていよいよ、御神輿が戻ってきました。

私は神社の階段下でお神輿が通る道を確保するのが仕事でした。そうこうしていると、最初に朱雀連のお神輿がやって来ました。そして神社の階段前で待機。

その後、まず最初の御神輿が到着。しかも最後、1tの御神輿を担ぎながら走ってくるんですよ。かなりびっくりしました! 朱雀連の御神輿の背後で待機。

そしてもう一台の御神輿が到着し、その後ろに並びます。そして鎮座している間、お賽銭を御神輿に入れることができるのです。

人がたくさん来たので私は入口の方に移動し、その様子を見ていました。

そしてしばらくすると、いよいよ202段の階段を上がるとのアナウンスが。

そして、御神輿は順に上り始めました・・・!

画像だけじゃわからない、ということで、そのすごさを感じてもらう為にビデオも撮影。

来てみていただけると分かるのですが、かなり急な階段なのです。これを1トンの御神輿が上るわけですから、半端じゃないことなのです。

ゴリ
ゴリ
今度はオレも手伝いたいなあ。

すべての御神輿があがった後、見学者は家路につき始めました。

もちろん、これからが我々の本番です。

バリケードの撤去、運搬、ゴミ拾いを始めました。

すべてが終了したのは7時半を回っていました。

 

<塩釜みなと祭>震災と豪雨復興願う 御座船、松島湾巡る「頑張ろう西日本!」掲げた船も

塩釜みなと祭が16日、宮城県塩釜市を中心にあった。地元の塩釜神社と志波彦神社のみこしを載せた極彩色の御座船「龍鳳丸」「鳳凰丸」が、東日本大震災からの復興やまちの活性化を祈り、101隻の船を従えて松島湾内を巡った。
雨交じりの中、2隻はマリンゲート塩釜を出発。大漁旗に加え、西日本豪雨の被災地を思い「頑張ろう西日本!」の文字を掲げた船とともに七ケ浜町、松島海岸、浦戸諸島などを回った。岸壁で観客が見守り、5色の吹き流しを付けた御座船と大漁旗をなびかせて進む船列に歓声を上げた。
市中心部では塩釜伝統のハットセ踊りなどパレードが繰り広げられた。港付近には西日本豪雨の被災地で塩釜と交流のある岡山県倉敷市を支援する物販ブースや募金箱も設けられた。
塩釜みなと祭は1948年に戦後復興を願い始まった。震災の年も途切れず、今年で71回目。

河北新報HPより

 

今までは見る側、もしくはよしこの塩竈の踊りに参加する側の立場しか分かりませんでしたが、今回は「中」からお祭りを見れました。

そこで気づいたのは、普段何気なく参加しているお祭りも、こうして頑張っている人たちがいるからこそ継続できるのだということ。

そうやって、地域社会は回っているんだなと思いました。

貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございました!!

 

ご奉仕された方のブログ

最後に、御神輿を担ぐご奉仕された方のブログを発見しましたので、ご紹介させていただきます。

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