こんにちは! 初めまして。鈴木貴之と申します(本名)。
私は宮城県塩竈市で英会話教室を運営しています。
その中で本当に子供たちの将来を考えた時に、英語だけではなくビジネススキル、そしてお金の知識も大事なのだと分かりました。
このブログではその3つを中心に記事を更新していきます。
また、地元を盛り上げたいという気持ちもあるので、地域のお店も紹介していきます!
(これ以降は少し詳しい自己紹介をさせて頂きます)
私がしていること。
現在、私が手掛けている事業は
① 英会話教室、② 個人の先生の集客支援事業、③ 地域のお店の集客支援事業、④ 当ブログメディアの運営(ワードプレス)です。
それぞれ詳細を説明いたします。
① 英会話教室
私が英会話教室を開くきっかけとなったのは、とあるお母さんとの出会いです。ある日、地域の集まりに参加していた私は、あるお母さんからこのような相談を受けました。
私は息子を2歳から10年間英会話教室に通わせました。しかし、中学生になった今も英語を話すことができません。どうしてでしょうか?
この話を聞いた時、私は衝撃を受けました。だって、10年も通って英語を話せるようにならなかったのですから・・・本当にそんなことがあるのかと思ったのです。
しかし、その答えを見つける為に実際いろいろと調べてみると、確かに話せるようになる教室って地域にほとんどなかったのです。そういう教室では何を教えているのかさらに深く調べたところ、「確かに話せるようにならないよな」と思える指導してしていないことに気づいました。
これは私が自分自身の経験、そして英語が話せるようになった人たちとの会話、さらに今では教室運営でたくさんの生徒さんたちを見てきたことからたどり着いた結論です。
英語は、話せば話すほど話せるようになる。
とても単純ですが、真理です。学校英語で話せるようにならないのは当たり前なのです。なぜなら、話す機会がほとんどないからです。話す機会がないのに文法だけを一生懸命学んでも話せるようにはなりません。
例えて言えば、サッカーがうまくなりたいという時に、ボールをどう蹴るかという論理的な情報ばかりを本を読んだり動画を見たりして学んでいるのと同じだからです。
スポーツの場合、「本を読んだり動画を見るだけでうまくなる?」と聞けば「ならない」とほとんどの人は答えるでしょう。「じゃあどうしたらいい?」と聞けば、「練習しないと」とやはりほとんどの人は言うでしょう。
英語もそれと同じなのです。
私はオーストラリアに数年間滞在していました。その中で、一年ワーキングホリデーで滞在しているのに話せるようになった人と話せるようにならなかった人に分かれることに気づきました。
話せるようにならなかった人の特徴は、オーストラリアにいるのに日本人同士でつるみ、日本語ばかり使っていたこと。話せるようになった人の特徴は、日本人がいないところに行って、英語だけで生活していたこと。
つまり、オーストラリアにいても日本語ばかり使っていたら英語は話せるようにならず、英語を話す環境に自ら置くことで話せるようになるのです。
とにかく、話せば話すほど話せるようになる。
単純ですが、これが真理です。だから、英語を話せるようになりたかったら、どんどん話をしてください。
私の立ち上げた英会話教室のポイントを一言で言うと、「話すことを重視した英会話教室である」ということ。その為にレッスンを作っていますし、レッスン時間、定員も決めています。
その結果、中学生になると結構話せる生徒さんも出てくるようになりました。
話せるようにならない英会話教室は存在価値がないと思っていますので、引き続きこの方向性は維持していきたいと思います。




② 個人の先生の集客支援事業
そういう形で英会話教室を運営していたら、2年で一部の新規生徒さんをお断りせざるを得ないくらい生徒さんに来てもらえるようになりました。また、5年では空きがほとんどなく、10名以上の方にウェイティングリストでお待ちいただいているような状態です。
そこから、「もしかしたら世の中の個人の先生で、集客に困っていて、でも誰にも相談できないと悩んでいる人がいるかもしれない」と思いました。
そこで、誰でも気軽に自分のスキルを販売できる「ココナラ」というサイトに登録して、実際に自分のスキルを売り始めました。
(自分のスキルが売れるかどうか、出品だけでもしてみてください。無料です)
その結果、現時点でのべ362名の方にご利用いただき(2018年6月7日)、おかげさまでランクも「プラチナ」という最高のランクをキープし続けさせていただいております。
出品者ランクとは何ですか?
ココナラの「出品者ランク制度」では有料販売実績、納品完了率、評価にてランク認定を行い、「レギュラー」「ブロンズ」「シルバー」「ゴールド」「プラチナ」の5つの5段階で出品者ランクを認定しております。
出品者ランクが上がるにつれて、出品者の方の信頼性も高くなり、購入者の方の目にとまりやすくなります。
参照:出品者ランクとは何ですか?(ココナラのサイト)(リンク切れ)

この中にはこれからお話しする③の「地域のお店の集客支援事業」向けのサービスも入っていますので、厳密には「個人の先生向け」だけの結果ではありませんが、それでもそれだけの方にご満足いただいているのはうれしく思います。
③ 地域のお店の集客支援事業
このココナラでのサービスを提供し続けていると、不思議なことが起こってきました。
それは何かというと、個人の先生以外の方からも「集客で困っているので、助けてもらえますか?」というお問合せが入ってきたのです。
具体的には、社労士、フィナンシャルプランナー、整体院の先生、耳つぼダイエットの先生、コーチングのコーチ、カフェのオーナー、美容院、清掃業者など経営者の方からもご相談を受けるようになってきました。
これには驚きましたが、私がやりたいこととも一致していたので、一部の「地域の人をお店に集めたい」という経営者のみ受け入れさせて頂いております。
④ 当ブログメディアの運営(ワードプレス)
そして最近始めたのが、こちらのワードプレスを利用したブログメディアの運営です。
なぜこれをしようと思ったかというと、単純に何かを書いたり伝えたりするのが好きだったからということと、また日々の英会話教室での出来事、またはコンサルティングの中での出来事で、「ここだけで情報が途切れてしまうのがもったいない」ということが多々出始めたためです。
それを伝える場所として、当ブログ運営を始めました。
こちらはこれから育てていきますので、何か新しいこと、お伝えしたいことが出てきたら追記していきます。
また、「ブログでも稼げるんだ!」ということを実感してみたいと思っています。そうすることで、子供たちが選択できる「仕事の幅」が広がると思うからです。
世の中にはたくさんのお金を稼ぐ手段があり、どれを選んでも良いんだ。
そう思ってもらう為に、まずは自分で頑張ってみたいと思います。
(お金に対する考え方は下記の記事を参照ください)

ブログ運営で参考になる本は?

私は自分の事業を通じてどんな問題を解決したいのか?
これは私の人生の問いとも言える内容になってしまいますが、私が今していることを始めた原点は、20代のころにいろいろと海外を回っていてその際に体験した出来事がベースとしてあるのです。
私は20代後半、パラオというグアムよりもさらに南の島国で仕事をしていました。

とてものんびりしていてすごく良い島で、日本から遠すぎず、ダイビングが盛んだったので、多くの日本人がスタッフとして働いていました。
その中で、私は現地に出稼ぎに来ていたフィリピンの人たちと仲良くなりました。
その中でいろいろと話を聞いていくと、フィリピンは国内に仕事がない為、国策として海外に出稼ぎに出ている人が多いということでした。
始めは「そうか~」という感じでしたが、仲良くなっていくうちにより深く話せるようになってきました。すると、彼らはこういうのです。
実は、生まれたばかりの赤ん坊を置いてきているんだ。寂しくないかだって? 寂しいよ。子供に会いたいよ。でも、自分が仕事をしないと家族が食べていけないんだ。
私はこの話を聞いて、なんて甘ちゃんなんだと思ったのです。普通に日本で暮らしている限り、このような心が張り裂けそうな思いで海外に仕事に行く必要はありません。でも、世の中にはそういう人がいるんだ・・・。
そう思った時、私はいろいろと考え、そしていろいろと経験しつつ、そこから学んだことを通して、そして決心したのです。
ビジネス力があれば、こういう状況は変えられるはずだ。
だから、私の最大の夢は、発展途上国に無料のビジネストレーニングセンターをつくること。そこで無料でビジネス力をつける講座を開き、誰もが稼げる世の中を作ること。
よし、このために頑張ろう! そう思いました。
そして、ある日、29歳のころ。パラオでのビザをもう2年更新するか、それとも日本に帰るか決めなければならない日が迫っていました。
パラオでの仕事は本当にやりがいがありましたし、仕事で結果も残していたので、そこを離れるのは後ろ髪を引かれる想いがありました。しかし、自分のやりたいことをやるには、いったん日本に帰った方が良いと思ったのです。
当時の社長は、「アシスタントマネージャーに取り立ててあげるから、残らないか」とまで言ってくれましたが、私は日本に戻ることを決めました。ですが、そう言ってくれたのは本当にうれしかったです。
そして日本に戻ることが決まった後、まず日本に戻ったら何をしよう。と思ったのです。そこで、まずは日本に帰ったら何をしようかと思った時に浮かんできたイメージは、地元の商店街がシャッター街になっているイメージでした。

「よし、パラオでビジネスについて学んだし、まずはこれを何とかしよう!」
と思い、意気揚々と日本に帰りました。
しかし・・・。
日本で事業をしたことがなかった私の話を聞いてくれる人は一人もいませんでした。
そこで、「まずは自分で何かをしないといけないな」と思い始めたのが、英会話教室だったのです。先ほどもお話をしましたが、後押しをしてくれたのが先ほどの「2歳から10年も英会話教室に息子を通わせたのに英語が話せるようにならなかったお母さん」です。
こういう状態なのであれば、「英語が話せるようになる教室」を作ったら、地域の人は喜んでくれるだろうという想定は当たりました。
そして、だんだんと話を聞いてくれる人が増えるようになってきました。
私は近い将来にビジネストレーニングセンターをここ塩釜で始めたいと思います。
その為に必要なことを少しずつ進めています。
どんな形であれ、あなたと一緒できればうれしいです。
でもたとえ一人でも、子供たちにとっては必要なことだと思いますので、進んでいきたいと思います。
まずは、ブログを通して仲良くなれたらうれしいです。^^